ヤッホー茶漬け

 ラジオを聴いていてとてもおもしろい話を聞いたと思い、「今日のラジオでこんなおもしろいことを言っていた」と妻に話すのだけれど、どうも僕が話すとおもしろさが半分くらいしか伝わらない。
「あのね、『ヤッホー』しか言っちゃいけないお茶漬け屋さんがあるんだって」
「え?」
「あの、金沢に、あるんだって、お茶漬け屋さんが、『ヤッホー』しか言っちゃいけない」
「……?」
 川島さんというコメディアンがラジオで話していたヤッホー茶漬けの話はこんな話だった。
 その日、川島さんは久しぶりに仕事が休みになり、後輩を誘ってどこかに遊びに行くことにした。行き先は特に決めていなかったのだけど、東京駅で待ち合わせをすれば何かと便利だろう、ということで、東京駅で後輩と会い、どこへ行こうかなと行き先の表示を眺めているうちに新しく開通した北陸新幹線が目にとまった。俺、これ一回乗りたかってん、ということで、後輩と二人で新幹線にのり、川島さんは金沢に行った。
 金沢では、前に何度か行ったことのある魚のおいしい居酒屋に入った。お酒を飲んでいると、となりのテーブルのおじさんたちが川島さんに気がついた。
「いつもテレビで見てるよ」
「ありがとうございます」
 それでおじさんたちとの話がはずみ、そろそろ閉店という時間になって、おじさんの一人が言った。
「このあとどうするの?」
「いえ、もう、ホテルに帰って寝るだけです」
「もう一軒行かないの?」
「いいとこあるんですか?」
「近くにお茶漬け屋さんがある」
 お茶漬けならばシメにちょうどいい。それで川島さんと後輩はおじさんに教えてもらったお茶漬け屋さんに行くことにしたのだが、おじさんは、ひとつだけ注意しなくてはいけないことがある、と言った。
「そのお茶漬け屋さんでは、ヤッホー以外の言葉を口に出してはいけない」
 川島さんたちがお茶漬け屋さんに近づくと、店の前に行列ができている。
「人気のある店なんやな」
 と、川島さんと後輩が行列に並んでいると、店の中から声が聞こえてくる。
「……ヤッホ」
「……ヤッホ」
 と、本当にヤッホーしか聞こえてこない。
 やっと川島さんたちの番になった。席に着くと、メニューには「のり茶漬け」とか「シャケ茶漬け」とか、いろんな種類のお茶漬けが並んでいる。このたくさんのお茶漬けの中からひとつを選び、それを「ヤッホー」の一言で注文しなくてはいけない。どうすればいいのか。注文を取りに来たおばちゃんを前にして、川島さんたちはとまどってしまう。
「で、どうしたの?」
「なんかね、結局ね、注文できないでいるうちにね、勝手に、全部の具がトッピングされたお茶漬けが運ばれて来たんだって」
「へえ」
「それが、食べてみると、めちゃくちゃおいしかったんだってさ」
 まわりのお客さんを見ていると、みんな常連らしく、
「ヤッホ」
 とおばちゃんに水をたのんだりしている。あのおばちゃんは「ヤッホ」の一言でその人が「水をくれ」と言ったのがわかる。
 お客さんだけじゃなく、お店のおばさんとおじさんも「ヤッホー」しか言わない。カウンターの中でお茶漬けを作るおじさんが「今日も忙しくて嫌になる」という風な声で「ヤホー」というと、おばさんが「あんた、そんなこと言うもんじゃない」とたしなめる感じの声で「ヤッホー」と返す。
 お酒を飲んだあとに軽く食べるのだからお茶漬けのごはんは少なめになっている。けど、おかわりは何杯でも自由にできる。川島さんはおかわりが食べたい。だけど、「ヤッホー」とおかわりを注文して水が運ばれて来たりしたら困る。おそるおそるおばちゃんをつかまえて、
「ヤッホ」
 と言ってみた。するとそれがちゃんと伝わり、おばちゃんはおかわりを持って来てくれた。
 水やおかわりはなんとか「ヤッホー」ですますことができるとして、会計はどうするのか。会計でおばちゃんに「ヤッホー」と言われたら自分はいくら払えばいいのか、と思っていると隣のテーブルに座っていたカップルが先に帰るようだ。ならばこのカップルの会計の様子を良く聞いていて真似をすればいいのだ。
「でね、川島さんがカップルが会計するのをよく聞いていたらね、おばちゃんが『1560ヤッホ』って言ったんだって」
 なんやそれ、「ヤッホー」以外の言葉ゆってもうてるやないか、しかもなんなんそれ、単位だけ「ヤッホー」になってるん? と、川島さんはラジオの向こうでツッコミを入れていた。
 ヤッホー茶漬けには常連の人ばかりでなく、観光客なども来る。観光客とか、ヤッホー茶漬けに不慣れな人には臨機応変に対応してくれる。お店の中で交わされる会話を良く聞いていると、たとえば注文するときに戸惑っている人がいれば、おじさんはメニューの中の、全部の具がトッピングされているお茶漬けをさして、
「95パーセントの人がこれを頼むヤホ」
 と語尾だけ「ヤッホー」にしてしゃべっていたりする……。というラジオで聞いたヤッホー茶漬けの話を文字に書いてみたのだけど、やっぱりどうもあのおもしろさは再現できない。川島さんがしゃべるのを聞いていると本当におかしかったのだが。