自転車にのって仕事から家に帰る途中、家まであと40秒というところで、パトカーのおまわりさん二人組に呼び止められた。さっき道路をUターンしたでしょう? ふらふらーっと渡ってたから危ないなーと思って声をおかけしたんですよ。などというけれど、僕はUターンなんてしていないし、信号も守ってるし、ふらふらなどしていた覚えもない。え? 僕はあっちからまっすぐ来たんですけども? 他の自転車と勘違いしてるんじゃないのですか? いや、でもさっき橋渡ったでしょう? あのときふらふらーって渡ったから、薄暗くなる時間だし、事故の危険もあるので、ちょっとそれをお伝えしようと思って。警察の人がそういうんだから、僕もはいはい分かりました、今後は気をつけますよととりあえず聞き分けのいい顔をして、じゃあどうも、と帰りかけると、あ、ちょっと待ってと止められる。防犯登録されているみたいだから、ちょっと確認だけしておきましょう、そういって僕の自転車に貼られている防犯登録のシールの番号を見ている。ごめんなさいね、急いでるところ。すぐ終わりますから。何か身分証明書お持ちですか? それで僕が運転免許証を見せると、若い方のおまわりさんがトランシーバーみたいな黒い四角いものに向かってなにやらしゃべり始める。さては俺を自転車泥棒とまちがえたのだな。さっきの言いがかりなんだか親切なんだかよく分からない助言も、すべては自転車泥棒の俺を捕まえてとっちめるための芝居だったのだな! この自転車の防犯登録を僕自身がしたのならば何も問題がないのだけれど、この自転車は友人にもらった自転車なのだった。ややこしいことになるのかもしれない。これも戯曲のための取材だと思うことにする。近所の人は、あ、あの過激派みたいな男ついにつかまりやがったな、と買い物袋を持ったままで立ち止まり僕を見ている(早く買い物に行ってください。お刺身が安くなる時間です。早く行かないと売り切れてしまいますよ。僕のことをそんな目で見ないでください。まだつかまったわけじゃないんです)。自転車は買ったんですか? もらいました。誰からですか? 友人のMさんです。お住まいはこのへん? はい、近くです。学生さん? いえ働いています。何をされてるんですか? 織物を織っています。ああ、大変でしょう、そういう伝統産業は。もうずっと織られている? いえ、まだ二ヶ月です。ああ、ずっと修行をされていたりとかして? いえ、今修行中なんです。年齢は? 35です。大変でしょう? はい、まあ。ご出身は? 群馬県です。出て来られて何年くらい? もう十年ほどです(ああ、京都のおまわりさん、どうか「出る」という傲慢なもの言いをしないでください。群馬は出なければならないようなダメな場所ではないのですから。僕はただ引っ越して来ただけなんです)私ら、見てもらったら分かると思うんですけど、こういう固い防弾チョッキをつけているんです。これね。だから刃物とか危険物なんかは大丈夫なんですけど、一応ね、危険なものとか、そういった物がないか、持ち物調べさせてもらえます? それは任意ですか? 強制ですか? もちろん任意ですんで、無理にとは。では、いやです。え? ていうと、何か調べられて困るようなものでも? いえ、持っていません。じゃあいいじゃないですか。いやです。えー、そういわれるとこっちも怪しくなっちゃうなー。テレビの「相棒」で覚えた「任意ですか? 強制ですか?」のセリフをためしに使ってみたばっかりに、おまわりさんが僕を見る目はいよいよ過激派を見る目になる。あなたはこの自転車をMさんにもらったと言っているが、防犯登録はMさんの名前ではされていなかった。いや、Mさんも中古自転車屋で買ったといっているから、Mさんの前の持ち主が防犯登録してたんじゃないのですか? 自転車を中古で売る場合は防犯登録のシールははがすものなんです。しかしこれはMさんにもらったんです。Mさんはたしか千本北大路の自転車屋さんでこれを買ったはずです。Mさんのお住まいは? えーとたしか京田辺です。そんなことを言いあっていると、だんだんあたりが暗くなってくる。どうにもらちがあかない。この自転車はMさんがお姉ちゃんにプレゼントしたものを僕がもらったのだった。Mさんのお姉ちゃんはもちろんMさんと同じ苗字のはずだ、そう思い込んでいたのだけれど、考えてみればMさんのお姉ちゃんは結婚しているのだから、苗字はダンナさんのものになっているのだった。それに気づくのに20分くらい時間がかかった。結局Mさんに電話してお姉ちゃんの名前を教えてもらい、その名前をおまわりさんに告げると、防犯登録の名前と一致したようで、おまわりさんは納得し、「ごめんなさいね、お急ぎのところね」とパトカーで帰っていった。