結婚


 気がつけばずいぶんと暖かくなっていて、お風呂上がりなんかに裸足のまま木の床を歩くと足の裏がすべすべと気持ちいい。こないだの木曜日には雪が降ったりして「この寒さはいったいいつまで・・・」とか思っていたのに、いつのまにかもう春は来ていたのだな。道ばたの梅の木はしばらく前からもう満開になっているし、油断をしていれば桜だってもうそろそろ咲き始めるんじゃないかしら。そんな3月20日に僕は「春の匂いだ」とか「春の音だ」などといいながら結婚をしたのだった。結婚といっても別に結婚式をするわけでもなく、彼女とふたりで自転車に乗って区役所まで行き、婚姻届を提出して、大地震義援金ボックスに募金をして、それから小学校の前の銅像の横で銅像と同じポーズをして写真を撮り合い、帰り道にぼたもちとお赤飯を買って帰り、家でお茶を飲み「今日はお彼岸だね」といいつつぼたもちを食べ、炬燵でうとうとと昼寝をして、夕方にはスーパーに買い物に行ってちょっと安くなったお刺身を買い、ぱらぱらと雨が降るなか傘をさして帰り、僕の両親の家と彼女の両親の家に電話で「無事に結婚しました」と報告をし、「今日はお祝いだからビールを飲もう」といってこないだ彼女のお父さんにもらったプレミアム・モルツを飲みながらお赤飯とお刺身を食べて、泣きながら大河ドラマ『江』を見て、それから炬燵でそれぞれ本を読んだりしてと、今日の結婚はわりとのんびりとした結婚だった。
 それにしても『江』は毎回毎回泣かせるじゃないか。「ああやって腹を切ったりして死んで行った人が確かに昔いたのだな」とか思うと、どうにもたまらない。しかし僕は彼女の前で(あ、もう彼女は彼女じゃないのか。なんと書けばいいのか。嫁か? 妻か? それともワイフか?)涙をみせるのも恥ずかしいので、一生懸命お刺身のツマを口につめこんだりして、泣いていないふりをするのに忙しい思いをした。
 春らしくしとしと降る雨は夕方から夜までずっと続いていた。軒下にぽちょぽちょと雨がたれる音を聞きながらぽちょぽちょとお風呂に入り、京都は平和だなと思う。