イギリス旅行6 V&A

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 V&Aは全部の部屋を見てまわると13キロも歩くことになるという。とても全部は見きれない。

 とりあえずは見やすいものから、ということで日本の展示を見たあとで写真の展示を見に行ったら、写真の展示の部屋に入る前に入口のところにずらりとカメラが古いのから新しいのまで壁一面に並んでいて、こんなのはカメラ好きの人だったらこの壁だけで1日過ごせるんじゃないか。でもなんか、ちゃんと分類して展示してるというよりは、とにかく集まって来たカメラをなんとなく年代順に並べてみました、みたいなゆるい感じ。このゆるさはV&Aの全体がそんな感じだったな、という印象。集まって来たものをとりあえず似たもの同士で同じ部屋に集めておきましたので、というような。ほんとは違うのかもしれないけど。

 このカメラの壁の横の窓から見える外の風景が、黄緑色の草が地面にみっしり生えてるところにでっかい木がボーンと生えてるところに鉄の柵がついていて奥の方に石づくりの建物が見えたりするのがなんか良くて、この窓の前のベンチに座って「いいねえ、この窓はいかにもイギリスだねえ」と写真を撮ってみたりする。

 そんで、写真の部屋に入って、双眼鏡みたいなのをのぞくと立体的に飛び出して見える昔の雪山の探検隊みたいな写真とかを見て、タペストリーを見て絵画を見て、銀製品を見て、色々見たはずなのだけれど、もう今では何を見たのかぼんやりとしか思い出せない。たいていの部屋がすいてたように記憶しているが、宝石の部屋だけは人が多くて、暗くした部屋でギラギラ光る宝石をじっと見つめている人はアジア人っぽい人が多かったような印象が残っているけど、僕の思い違いかもしれない。彫刻の部屋もわりかし混んでいた。ファッションの移り変わりを展示してるのも見た、二百年前の女の人の靴は細くて小さくて小学校のときの給食で出たコッペパンみたいな細さと小ささだ。

 V&Aのカフェはウィリアム・モリスがデザインしたという部屋で、妻はこのカフェでお茶をしたかったみたいなんだけど、何しろ人が多くて、テーブルはぎっしりと全部うまってて、それにやっぱり日本人から見るとお茶もケーキも値段が高めなので、ついつい二の足を踏んでしまって、カフェの部屋をちょっとのぞいて「こんな感じか」と見るだけにして、それから中庭に出たら庭の真ん中に大きな丸い池があって、娘は「こういうの好き」と池のほとりに座ってちょっと休憩する。

 妻が見たいといってた最上階の陶磁器の部屋へ行く。ガラスのケースの中が何段にも分かれててそこに人とかお皿とか馬とかお城とかいろんな陶磁器が、名前とか年代とか作者とかそんな表示は一切なく、ただただ所狭しとビッシリ置かれてるだけで、だけどその量が半端なことではなくて、こんなのが最上階の細長い部屋の端から端までずっと並んでいる。

 最上階にたどり着く前にみんな他の展示で足を止めちゃうからなのか、陶磁器コーナーの見学者は僕ら三人だけだった。で、他に誰もいないので、調子に乗って陶磁器のポーズを真似して写真を撮ったりなどしていたら、スタッフの人に英語で話しかけられた。最初は注意を受けたのかと思い、「あ、ノー・フォトですか? すいません」とか言ってみたけど、どうもそうじゃないらしく、写真をとってあげよう、ということらしい。どれか好きな作品があれば、その作品の前で写真をとってあげよう、という。どうぞ遠慮なく作品と同じポーズをとってごらんなさい、という。

「どこから来たんです?」

「日本からです」

「日本はいいとこですね。私はまだ行ったことがないんですが。京都でしたっけ? あそこの花は有名ですね。えーと、なんていう花でしたっけ?」

「チェリー・ブロッサムですかね?」

「そうそう、チェリー・ブロッサム。私はいつか日本に行ってみたい。それが私の夢です」

「おう、そうですか」

 と、会話をするが、こちらはほとんどが単語で返すばかりで、会話というよりもただ相手の話を聞くくらいの感じで、いや、僕だって「僕らは京都に住んでるんですよ」とか、「僕はいつかあなたの夢がかなうことを願ってます」くらいは言いたかったのだけど、どうも言葉が喉のところまで来るとグッと止まってしまう。

「当館には日本の物を展示するコーナーもあるのですよ。一階にあるのであとで見てごらんなさい」

「あ、キティーちゃんのある部屋ですか?」

「キティーチャン?」

「あの、キティーちゃんです」

「キティーチャンとは?」

「えーと、あの」

「その部屋は一階にありますよ、帰りがけにでも見てみてください」

「はい、見ます。ありがとう」

「楽しんでね」

「ありがとう。さようなら」

 ああ、僕はもっと英語でしゃべりたかった。「その部屋ならばさっき見ましたよ。カラフルなボタンの携帯電話なんかが展示してあって、興味深かったですね」とか、それくらいならば中学で習った英語だけでもじゅうぶんにしゃべれるはずなのに、どうも言葉が出てこない。