書き置き

 娘はけっこう動き回るようになって来ているので、娘が起きている間はゆっくり本を読むわけにもいかず、かといってテレビを見ようとしても「あうあうあう」と娘が語りかけて来てテレビの内容が良くわかんなくなっちゃったりするので、ちかごろは音楽をかけっぱなしにして娘の相手をしている。娘のお腹に口を付けてブーッというのが最近のはやり。ブーッてやるとキャッキャ言って喜んでくれる。

 今週はこないだ寺田君にもらったyoji & his ghost bandの「bootleg」がCDプレーヤーにずっと入れっぱなしになっているんで、そればっかし聴いてるんだけど、どれも良い曲ばかりだなあ。自分の入っているバンドの曲を「良い曲ばっか」なんていうのは変かもしれないけど、もともとは寺田君がひとりでやってたバンド(?)で、だから作曲は全部寺田君がやってて、つまりは寺田君が良い曲を作るなあ、と感心している。メロディーが良いだけじゃなく、ギターのフレーズなんかも良いし、使ってる楽器の音も良い。電話のピポパポみたいな音があったりして、あ、こんな音も入っていたのか、とぜんぜん飽きない。このCDではたぶんすべての楽器を寺田君が一人で演奏してるんだと思う。
 「kakioki」という曲が特に好きで、何度聴いてもしんみりしちゃう。歌詞は、徴兵かなんかで戦争に行くことになった人がたぶん恋人に当てた書き置き、という設定で、1番は「僕」が身支度をしている様子だとか、書き置きを読んでいる君が僕をさがしているかもしれないとか、「僕」と「君」のことが中心に歌われているんだけど、2番になるといきなり「朝4時には仲間たちと国境を超えるだろう峠を下り丘を越えりゃあ多くの血も見るだろう」という歌詞がでてきて、急に戦争が身近になる。
 「もしかしたら戻れないかもだけど行かなくちゃ」という歌詞があるんだけど、1番ではこの「もしかしたら」に入る前のコードをメジャーで弾いていて、そうすると「もしかしたら」などという弱気な発言は冗談ですけどね、みたいな、あえて陽気を装って強がっている、みたいな雰囲気が出て、「あ、わりと軽い感じなのね」と思っちゃうんだけど、2番になると同じところをマイナーで弾いていて、ジャラーンと鳴らされるこのマイナーコードを聴くと、「もしかしたら…」というのがいかにもいやな予感に聞こえる。聞こえるというか、「僕」が感じたであろういやな予感がそっくりそのまま聴いているこちらの胸に再現される、みたいな感じがする。
 で、そのマーナーコードに続く「もしかしたら戻れないかもだけど…」のところの伴奏も、1番の弾むようなリズミカルな伴奏ではなく、ジャラーンと全音符でギターの音を伸ばして弾いていて、そうすると戦場で死ぬかもしれないという恐怖が、冗談じゃなく真にせまった感じでリアルにこちらに伝わって来てハッとする。ああ、これを書いた人はもうこの部屋のドアを開けて戦場に行ってしまったんだなあ、今ごろ戦場で戦っているんだろうなあ、ひょっとするともう死んでしまったなどということもあるかもしれないぞ。今となっては「僕」が書き置きを書いていた時間はすでに過去になってしまったけど、「僕」が書き置きを書いていたときにはその時間が「今」として目の前にあって、この時間がずっと今のまま続いていたらいいのになあと、「僕」は書き置きを書きながらきっと思っていたんだろうなあ。ドアを開けて出て行くときが永遠に来なければいいのに、と思っていたんだろうなあ。とか、そんなことを考えてしんみりする。
 今の日本には兵役がないけど、人類史を見渡してみると軍隊に入らなかった男は1パーセントにも満たないらしいよ、という何かで読んだ話を思い出したり。