買い物

 いや、逆か。コンピュータお母ちゃんというのは、コンピュータに記録された時点で、もうそれ以上変化することがなくなっちゃってるわけだから、安定している存在なのか。SF映画とかを思い返してみると、アンドロイドとかターミネーターとかは、あまり感情の揺らぎがない、無表情な感じに演じられているし。そうすると、安定しているはずのコンピュータお母ちゃんを、リラックスした身体に見える演技をする野津ちゃんが演じる、ということが、作品に勢いを与えていたのか。

 甘もの会の深見さんから物販で売れた戯曲の代金が振り込まれたので、さっそくジュンク堂タワーレコードに駆け込んでおおかた使ってしまった。

 その他の短編ズは僕はライブ会場で買ったCD−Rを三枚もってるんだけど、このアルバムはそのCD−Rとあんまり変わっていない感じで、安心したような。気負っていないというか。いつもの調子というか。あのおもちゃのキーボードみたいなやつでリズムの音を出していて、そうだ、短編ズはこうでなくちゃ、と思う。けど、もっと僕の知らない曲がいっぱい入っていたら良かったかも、とかも思ってみたり。
 こないだ甘もの会に上演してもらった「わたし今めまいしたわ」の最後の場面、夏の暑いバス停の場面は、その他の短編ズの「ベートーベンとアイスクリーム」を聴いたときに感じた夏の暑い夕方のけだるい空気、みたいなことを僕も表現したい、と思って書いたのでした。パクりとかじゃあないんだけど。インスパイアされたとか、影響を受けたとか、そういうふうに言ったら聞こえがいいのか。
 タワーレコードの店員さんは短編ズのステッカーをくれたので、ベースに貼ろうかと思う。

 僕はどうしてジャック・ブルースを好きだと思っていたのか、を検証するために、他のベーシストの音楽も聴いてみようと思い、ポリスのアルバムを買った。ポリスはあんまりちゃんと聴いたことがなかったので。なんかでも、スティングの高い声がいまひとつピンと来ないというか、しっくり来ないというか。もっと和田アキ子みたいに歌わないかな、などと思ってしまう。が、ちょっと民族音楽みたいな曲があったりして、「へえ、ポリスってこんなことをやっていたのか」と思う。

 ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』は、20年近く前に買って、もう100回以上聴いているのだけれど、まだその良さがわからない。だけど、音楽に詳しい人はけっこう『ペット・サウンズ』を褒めているから、『ペット・サウンズ』の良さが分からない僕は音楽の本当のところが分かっていない人なんじゃないか? ダメな人なんじゃないか? と何年もくやしい思いをしている。本を読んだら何かわかるのかもしれない。

 前田さんのこの蝶ネクタイの写真は、これはネタなのだろうか。ウケねらいでやっているのだろうか。

 昨晩、娘は夜中にうなされて眼をさまし、一時間ほどずっと泣き叫んでいたということを今朝、妻から聞く。娘は泣きながらずっと「洗濯かーちゃーん、洗濯たたんでいいですかーい?」と言っていたそうで、いったいどんな悪夢にうなされていたのか、と思うと娘が不憫で、悲しくなる。と、いいつつも僕はそんな娘の絶叫を無視して眠っていた。妻は娘を抱きかかえて一時間、もうろうとしながら座っていたという。今日はぐっすりと眠ってくれるといいのだが。