ガラスを割る

 僕は今ではうちには固定電話はなくて僕は携帯電話、妻はスマホだ、家に電話がなくても友達からの連絡も仕事の連絡も保育園の連絡もみんな携帯電話で受けたりかけたりするのでもう固定電話は必要ない。僕は子供の頃はこんな風にこんな小さな携帯電話を自分が持ってそれで電子メールまで送れるしネットもやろうと思えばできるようになるなんて考えたこともなかった。アニメとかのテレビでは腕時計みたいに腕に巻いたアップル・ウォッチみたいなので遠くの人と話をする場面も僕はテレビで見たのかもしれないがそれは電話じゃなくてトランシーバーの仲間みたいなふうに僕は思っていた、あんな小さなやつは電話とは呼べない。子供のころ家で使っていた電話は黒くて重たくてダイヤルに指の先を入れてぐるっとまわして電話をかける電話だった、受話器を持った時に冷たくないように持つところに赤と白のチェックのカバーがかかっていたか、赤と白のチェックの布が電話の下に敷いてあったような気がするが、あまりはっきりとは覚えていない、「ちょっと待ってください」と言って受話器をかけておくとオルゴールの音がなり電話の向こうの相手が待っている間にオルゴールを聴いてリラックスする、なんていう装置みたいなのも確かうちにあった、電話の下に置く台みたいなのにその装置がついていた。あるとき仕事に行っている父から電話がかかってきた。僕はまだ保育園に行っていた頃か。昼間で外が明るかった、昼ご飯の前だったような気がする、日曜日か何かで保育園が休みだったのか。電話が鳴ると菜箸を持ったまま台所から母が電話に出て父と話すと僕が見ているとすごく楽しそうにしゃべる。楽しそうに喋ったあとで電話を切ろうとするので、僕は僕もあんなに楽しい話なのであれば僕も喋りたい、と母から受話器を受け取り「もしもし」と父の声を聞こうとすると受話器からはプー、プーと電話はもう切れていた。コミュニケーションを取りたいと歩み寄っていくと相手からのリアクションはなかった、父に拒絶された、どこかの電話ボックスからかけていたのかもしれない父にはこちらからかけ直すこともできない、いや、母は父の会社の電話にかけ直そうとしたのか。父は別に拒絶なんかしたわけじゃない、僕が僕も出る、と言った時には電話はもう切れていた。僕は絶望して受話器を投げ出したところが受話器はくるくると螺旋になったカールコードの先でビヨンビヨン飛び跳ねて電話の乗ってるサイドボードの横のガラス戸にがちゃんとぶつかりガラスが割れて僕は母が怒らなかった。庭にクークーネコが来た時も僕はガラスを割った。白猫だけどホコリまみれで灰色っぽくてケンカばかりしていたから傷だらけだ、片目がなかったのかもしれない、耳もひとつくらい取れていたかもしれない。クークーネコはいつも怒っていた、他の猫を見ればすぐに飛びついてケンカをするし人間を見れば「クー!」と威嚇するからクークーネコだ。冬の朝、庭に面したガラス戸から庭を見ているとガラス戸の前にクークーネコが座ってこちらを見上げて「クー!」と怖い声を出した。僕は保育園か、小学校1年とかか。「あっちへ行け!」と僕はガラス戸を蹴ったら思いのほか強く蹴ってしまってガラスが割れた。クークーネコはびっくりして逃げて行ったが、ガラスを割ると僕は本当にしょんぼりする。外にいるクークーネコは僕をひっかいたり噛みついたりなんてできないんだからほっとけばよかったんだ、だのになんでわざわざクークーネコをおっぱらおうとなんかしたんだ。しょんぼりしたまま学校へ行く。