『WALK』がおもしろい

昨日Sさんに借りた『WALK No.58』という雑誌があまりにもおもしろすぎたので、昨晩は読むのをやめられず、寝るのが3時半くらいになってしまった。No.58の特集は日記で、人の日記がいっぱい載ってるんだけど、こういうのを読むと、世の中にはいろんな生活をしている人がいるものなのだなと、ぐーんと視野が広がる気がする。Sさんに借りた雑誌はさっそく付箋だらけになってしまった。おもしろかったところをちょっと引用する。

佐々木敦の3月7日の日記。
サンプルの「家族の肖像」で一躍注目された野津あおいが尋常でなく素晴らしい。ぶっきらぼうな台詞廻しと少年のような肢体、躯のヘンな軟らかさとが重なり合って生じる、奇妙にアンチ・エロチックなエロさがヤバい。彼女が動き出し何かを言うだけで、妙に見入って/聴き入ってしまう。

福永信の2月1日の日記。(山下残について)
最初に見たモノクロームサーカス在籍時の作品も、もはや人が踊れないほどの本棚を運び込んで、そこに本をつめこんで、机で周囲を囲んで、すごく狭いなかで、だった。歌をうたったり、ギターをひいたり、コンビニに菓子をみんな買いにいって会場に観客だけが残されたり。僕はまだ学生だったが、むちゃくちゃ影響を受けた。

円城塔の1月2日の日記。
たまには工作もしてみたいが、部屋の中には平らな場所が存在しない。どうしようもなくなったときは、喫茶店で工作している。鋏と糊とセロテープを持ち歩いているのだが、銃刀法に抵触するのではと少し不安だ。

鴻巣友季子の2月20日の日記。
「美しい文学」とか「正しい小説」とか読みたくないし。それと同じで読みたいのは、美しい日本語でも正しい日本語でもなく、味のある日本語、というか、日本語も余計なのであって、味のある文章、これに尽きる、ような気がする。味が出る出ないに、文章テクニックは通じない。要は人が出るのだ。

人が映画とか本とかのことを日記に書いていると、僕もそれを観てみたくなったり読んでみたくなったりする。
『ここに泉あり』という映画、『団地ともお』というまんが、『なぜ、子どもたちは遊園地に行かなくなったのか?』という本、『真実真正日記』という本、など。

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さて、これからご飯を食べて仕事に行くぞ。今日の京都は雨ふりだ。