過激派

ギター教室の日。今日は生徒さんがふたり。
教室をしてから図書館の仕事。図書館はだいたい昼の二時に出勤するので、ふだんは晩ご飯用に弁当を作ってもっていくのだけれども、ギター教室がある日は朝にアパートを出なくちゃならないので、ぼくは弁当をつくらない。なので、今日は晩ご飯を食べに大学の外に出た。大学はまだ夏休みなので学食は早い時間にしまってしまうのだった。
先週はラーメンを食べに行って失敗をしているので、今日こそは慎重に食べ物を選ばなければいけないぞと気を引き締めて大学の前の十字路を歩くと、角のファミリーマートの前でお店の人が大きな鍋におでんを浮かべて売っているのにでくわした。ファミリーマートの人は大声をあげて呼び込みをしていて、その呼び込み情報によると、どれでもひとつ70円で具を持って行っていいのだという。しかも具を五つお買い上げごとに大根をひとつサービスでつけてくれるのだと言う。と、いうわけで。ぼくはおでんを腹一杯食べることになり、しかも350円で死ぬほど満足するという夢のような晩ご飯を体験したのだった。おでんなんて食べたのは久しぶりだったし、しかもいつも食べてるおでんはぼくが自分で煮たおでんで、おでんをつくるときは毎回鍋に山盛りつくるので一週間目には具がどろどろに溶けて、どうもうまくないなと思いながら食べている(というよりむしろ飲んでいる)というおでんの食べ方で、コンビニのおでんなんて買って食べたのはもしかしたら生まれて始めてかもしれないんだけれども、コンビニのおでんというのはめちゃくちゃうまいものなのだった! 汁も残さず全部のんだ。からしも全部つかった。コンビニのおでんなんて衛生的じゃないしとか、食品添加物いっぱい入ってそうだしとか、そう思って今まで避けていたのだけれども、こんなにうまいんだったら毎週金曜日はおでん曜日にしてしまいたいぐらいのものだ。

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仕事が終わって帰るとき、職場の人がぼくを見てぽつりと「過激派みたい」という。さすが図書館で働く人は語彙が豊富だな、うまいことを言うな、と思って感心していたのだけれども、でもよく考えてみると図書館で過激派みたいな人が働いているのはまずいのじゃないかという気がしてきた。図書館利用者からの過去のクレーム集みたいなのを見ていると「図書館員で感じ悪い人がいる」というクレームがあったりするのだけれども、そのうち「図書館のカウンターにいる過激派みたいな人をどうにかしてください。怖くて本が借りられません」とか、そんなクレームが出て来るのじゃないか。そうなったらおしまいだ。おそらくぼくはクビになるだろう。これはいかにしてもまずい。どうにかしなければいけないのじゃないか。そう思って鏡を見てみれば、そこに写っているのはまぎれもない過激派なのだった。鏡にうつった自分を見ているうちに、職場の人は本当は次のようなことをぼくにいいたかったのかもしれないと思った。というよりも、ぼくが鏡に映っているぼくに次のようなことを言いたくなった。

1、もうちょっとちゃんとヒゲをそったらどうですか? だいぶそり残しがありますよ。
2、ていうか、鼻毛が出てます。
3、シャツがしわしわなのはどうにかなりませんか?
4、シャツのクビのところがすり切れてますけど、それっていつ買ったんですか? そろそろ新しいシャツ買ってもいいんじゃないですか?
4、ズボンを最後に洗ったのはいつですか? なんか茶色の染みとかいろいろついてますけど。
5、ズボンが色あせすぎじゃないですか。裾とかほつれてるし。お尻のとこ白くなって穴あきそうですよ。パンツすけて見えそうですよ。
6、お願いだから床屋さん行ってください。ぼさぼさどころの話じゃないですよ。
7、ちゃんと毎日おふろ入ってますか? なんか変なにおいしますけど。
8、なんで靴下が右と左とで色が違うんですか? わざとですか?

ぼくはビートルズのCDを買っている場合じゃないではないか。そんな余裕があるのならばまず髪の毛を切らねばいけない。シャツをちゃんとしなければいけない。ズボンを買わなければいけない。ほこりだらけの靴も洗おう。大学に入ったときから使っている電気かみそりももっとちゃんと切れるやつに買い替えたほうがいいのじゃないか。
しかし過激派はアパートの部屋で爆弾をつくるけど、ぼくはアパートの部屋で歌を作るのだった。これはぼくの歌じゃなくてカバーの歌だけど。

過激派みたいなのが映らないようにと顔を映さないようにしたら、なんだかよけい過激派がごそごそやっている感じが出てしまう。

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今「どどめジャム」という戯曲を書いているのだけれども、「どどめジャム」にはもうすぐ結婚するという男女がでてきて、そのふたりが男の人のお姉さんと一緒に男の人の家のお墓参りに行って、結婚するということについていろいろ考えて話をして、その横で石かつぎが石をかつごうとがんばっているという筋で、そうするとそれを書いているぼくも結婚することについていろいろ考えなくちゃならないのだけれども、これを考えるのがすごく大変だ。結婚のこととかあんまし考えたことないもんな、おれ。しかしすごく大変なことを一生懸命考えることがものを書くことの醍醐味なんだろうなと思う。
どどめジャムは英語でmulberry jamというらしい。