noise-poitrine2012-08-21

 車が下仁田に近づくにしたがって、道路の脇に「ねぎ」とか「こんにゃく」とか書かれた看板が目立つようになるのはねぎとこんにゃくが下仁田の特産品だからで、最近はこれにとんかつが加わっているらしいよ、ということを道ばたにちらほらと見かける「とんかつ」の文字が教えてくれる。
 道路に面してたつ小さな食堂を2軒ばかり見かけた。京都に帰って来た今となっては、どちらの食堂も印象がごっちゃになってしまっているのだけれど、どちらの食堂も木造っぽい家だったはず。壁は白ペンキの色がとれて、木がむき出しになっている。木枠のガラス戸が砂ぼこりで白くくもっている。看板は少し斜めに傾いている。車で通り過ぎる一瞬の間に見た店内は暗く、人影がなかった。
 いつだったか、僕がまだ子どもの頃、それらの食堂のどちらかに行き、家族で食事をしたことがあったのを思い出す。あれはどこかに遊びに行った帰りに寄ったのだったかしら。薄暗い店内には少年マンガ雑誌のバックナンバーが山盛りそろっていて、僕はそれを端から読んで行ったものだったなあ、特に高校生たちが地下の洞窟を探検する話がすごくて、その作品だけをおいかけて順番に読んでいったのだったと、そのマンガで見た血まみれの学ラン姿が目の奥にチラチラする。最初は学園もののノリで始まるのに。学ランを来た高校生たちがいて、ちらほらと女子高生が混じっていて、ある日転校生がやって来てと、普通の学園ものだったはずなのに。だけどもいつの間にか高校生たちは校庭に空いた穴あたりから地下の洞窟に入って行き、そこで大変な苦労をする。しかしなんで洞窟なんかにもぐって行ったのか。転校生が悪いやつで、女子高生をさらって洞窟に逃げてしまったったのだったか。それを追いかけて、学ランを来た10人くらいが洞窟を探検して行ったのじゃなかったかしら。洞窟にはいろんな罠が仕掛けられていて、高校生たちはひとりずつその罠にかかり、残酷な死に方をし、だんだんと人数を減らして行く。食堂で働くおばさんが、奥のテーブルにとろろを並べていた。六つほどの小皿に分けたとろろをテーブルにひとつひとつ置いて行く。あそこは予約席なのだろうか。それにしても予約をしておいて6人くらいでとろろ定食を食べに来る人とは、どんな人たちなのだろう。そもそもさっき見たメニューにとろろ定食なんて載っていただろうか。そう思って見ていると、子どもたちが店の奥から出て来て、食堂のおばさんおじさんもテーブルにつき、いただきますととろろ定食を食べ始めた。そうか、あのとろろ定食はお店の人たちが食べるものだったのか。と、とろろ定食を食べる食堂の家族を横目で見ながら僕は自分が何を食べたのか、今となってはもう思い出せない。薄暗い店内にはとろろご飯をかきこむずるずるという音があり、僕は針に串刺しになって死んで行く高校生や、暑い洞窟でのどが乾いて死んで行く高校生の話を読みふけっていた。
 子どもの頃に見たそんな食堂の様子を思い出しつつ、父の運転する車で下仁田駅まで行ったのは、そもそも南牧(ナンモク)村の黒滝山にでも行こうかという予定だったのだけれど、祖母の家でくつろいでいたりするうちに時間がなくなり、南牧の手前にある下仁田お茶を濁すこととなったためで、でも下仁田に行けてほんと良かったなと、正解だったなと、思う。とにかく下仁田の町並みがとても良くて、どこがどう良いのかを説明するのは難しいのだけれど、すぐそこに山がせまっている感じだったり、山の手前にある川(南牧川だろうか、鏑川だろうか)に向かって道が曲がりながら下っていく様子だったり、古い家のたたずまいだったり、駅前のタクシー会社の事務所みたいなところで運転手さんがのんびりとテレビを見ながら何かしゃべっているそののどかな空気だったり。

 我々はAコープの広い駐車場に車をとめて外に出た。トンボがたくさん飛んでいて、日暮れまえの空気はもう秋だった。そうそう、僕はこういう場所を見たかったんだ、と思った。観光地にいってきれいな景色を見るよりも、古くから残っている家や町並みを見ておきたい。自分が生まれ育った群馬で、自分の祖先らが生活をして来た痕跡みたいなものを見ておきたい。そんなふうに思っていたんだよなと、Aコープの駐車場でそう思った。

 町のそこここに「とんかつ」ののぼりが立ち、食堂の前を通ればとんかつをあげるいい匂いがする。もう今日はとんかつを食べねば気がすまない、と下仁田を歩いているとそう思うようになり、我々4人はとんかつを売る店を求めて目を爛々と光らせている。車の入れないような細い道を入って行くと肉屋さんの前で子どもたちが遊んでいる。しめたぞ! 肉屋さんだ。肉屋さんではとんかつだって売っているにちがいないのだ。聞けば一口とんかつというのがお手頃サイズで良いらしい。母がここで一口とんかつを十枚注文した。とんかつをあげるには少し時間がかかる。だからその間に町をぶらぶらと歩いた。そうそう、下仁田に来たからにはこんにゃくだって忘れてはいけない。それでこんにゃく屋さんに入って手のべ蒟蒻だっけ? 手のし蒟蒻だっけ? を買う。試食コーナーで酢みそをつけて刺身こんにゃくを食べた妻が「おいしい!」と目をまん丸にしてびっくりしていた。そんな大げさな、と僕も食べてみると冷たく冷えたこんにゃくの食感がぷるぷるとすごく良くて、噛むごとに酢みそが口の奥で唾液をしみ出させて、ああ、刺身こんにゃくがこんなにうまいものだとは。これから群馬に帰るたびに僕はこれを食べたいものだなあ。

 昔は下仁田にも映画館があった。と父がいうので、その跡地を見る。映画館はもうその場所になくて、あまり車のとまっていない駐車場がそこにあった。駐車場の近くには旅館があったけど、どんな人がここに止まりにくるのだろう。近くの川で釣りをする人とかかしら。こんな旅館に一晩とまって、夜の下仁田の寂しい空気を堪能できたらなあ、などとぼんやり思った。
 肉屋さんにもう一度寄ったのが夕方の6時ちょっと前くらいだったろうか。肉屋の親父さんは外でバーベキューみたいなことをしつつビールを飲んで酔っぱらっていて、にこにこと上機嫌で「あにょはせよー」などと調子が良い。僕ら4人は、このおじさんの上機嫌に触れたことでで一気に下仁田大好き! となってしまい、今度はこのへんの食堂でビール飲んだりして、ゆっくりぶらぶらと時間をかけて下仁田を歩きたいものだなあと、そう話しながらAコープに向かった。下仁田には神津牧場という日本最古の高原牧場があり、ここでとれた牛乳なんかがAコープには置いてあるかしら、とのぞいてみたのだけれど、特にそれらしい牛乳は見あたらず、母はここでペットボトルのお茶を買っていた。
 広い駐車場の隣にちょっとした野外のスペースがあり、ここに提灯がつりさげられ、屋台が並んでお祭りをしているのがにぎやかでとても楽しそうだ。日が暮れたら盆踊りなんかもあるのかもしれない。屋台で焼きトウモロコシでも、と思わなくもなかったけれど、下仁田の人じゃない僕たちはそのお祭りの仲間に入るのがちょっとためらわれて、なんとなく少し離れた所から楽しそうな人々を眺めるだけで帰って来た。
 家に帰ると日が暮れて真っ暗になっていた。8月15日の今日は送り盆の日。お墓のある裏山の入り口でワラを燃して、なすに足をつけた牛を置き、線香をそなえ、家の仏壇に来ていた僕らの祖先を墓に送った。