前回のつづき

noise-poitrine2013-05-05

 高知に旅行をする前に、以前高知の大学に通っていたというF見さんに高知のおすすめスポットをきいておいたのだけれど、F見さんのおすすめスポットというのが、
1、 牧野植物園
2、 絵金蔵
3、 ひろめ市場
4、 日曜市
 ということで、今回の旅行ではその全部の場所を回る予定を組んで、僕と妻は高知に旅行に行ったのだった。
 高知二日目の4月28日は日曜日だったため、我々は話に聞く日曜市を見ておこうじゃないかと、朝食を腹五分目くらい食べてから買い物かごとカメラを持って市の立つ追手筋通りに向かった。ホテルに置いてあった日曜市を特集した雑誌を見たら、日曜市は元禄三年以来300年以上続いているらしい。毎週毎週、安くて新鮮な地元の食べ物を買うことのできる高知の人がうらやましい。スーパーに出かけて行って、わざわざ遠くから運ばれて来た高い食べ物を買うよりも、地元で作られた安い野菜を気軽に手に入れる人生を俺も生きたい、と思う。

 追手筋には、二キロくらいずっと切れ目なく屋台が並んでいて、歩いても歩いても屋台が尽きなくて、観光客風の人たちでにぎやかだった。結構子連れの人が多かった気がする。
 屋台では野菜や果物や雑貨なんかをいろいろ売っていて、僕らはここで田舎寿司を食べることをひとつの目的にしていたのだけれど、田舎寿司を売る屋台だけでもそこら中に山ほどあって、目移りしてしょうがない。田舎寿司は、みょうがや竹の子、こんにゃくなどをネタに使ったお寿司で、ゆずでできた酢を使っているらしい。柑橘系の酸っぱさが結構きつめにきいていて、みょうがやこんにゃくの食感もおもしろくて、こんなお寿司が五かんで150円とかで毎週食べられるのか高知に住む人は、と老後は高知に住みたくなってくる。
 芋の天ぷらも食べた。あげたての熱いやつをかじると、衣がカリカリで、中の芋は甘くて、こんなのを食べちゃうと、もう高知に住みたくてしょうがない。
 
 日曜市を見学したあとは、バスに乗って牧野植物園へ行った。いろんな植物が見られて良かったけど、一番興奮したのが牧野さんがどんな人生を経験したか、ということを展示してる建物で、ああ、牧野さんはこんなにも自分の好きなことに打ち込んだのか。と植物の名前をどんどん覚えて行ったどん欲な少年時代の牧野さんについての解説を読みながら、いろんなことにすぐに飽きてしまい何ものにもなれずに35歳になってしまった自分を振り返って焦る。「今から何か始めるのじゃもう遅いのかしら、牧野さん?」「いやいや、これからだぜ。おまえの人生はまだ始まってもいないぜ」。ああ、俺も京都に帰ったらすげえ勉強しよう、とこのときに決心をしたんだけど、京都に帰って来た今ではこの決心ももうのど元を過ぎてしまい、すっかりその熱さを忘れられている。
 お昼ごはんは、牧野植物園のカフェみたいな所でカレーライスを食べた。これがたいへんうまかった。普通のカレーなんだけど、なんかうまかった。

 舟盛りみたいに花が植えられている場所があり、そこの前でワンピースを来たおじさんが自分を写真に撮っているのを見たんだけど、あれは芸術家のパフォーマンスだったのだろうか。

 妻の大学時代の友達が高知に住んでいて、この人と五台山の展望台で会う約束がこの日はあった。で、そこに向かうために植物園の隣の竹林寺を通ると、白い服を着て杖を持った巡礼の人たちがお参りをしていた。

 大きな窓から山の下の海が見おろせる五台山の展望台の下のカフェで、妻の大学時代の友人とそのダンナさんと息子二人とお茶をしたあと、展望台に登って海を見た。

 望遠鏡にはものすごい数の鍵がかけられていて、高知の人が物を大切にする気持ちが感じられる。

 高知二日目のこの日は、晩ご飯を食べる店を選ぶのが大変難しかった。昨日はにぎやかなひろめ市場で知らない人と相席で晩ご飯を食べたから、今日はちょっと落ちついたところでゆっくりとかつおのたたきを食べたい。そう思って路面電車を二回乗り継いで遠くのお店まで行ってみたけれど、すごい行列で二時間待ちですよとか言われたので、別のお店を見て「あそこにしようか、こっちにしようか」と言いながら歩いていると、結局はホテルの近くまで戻って来てしまい、ホテルの近くにも三、四件居酒屋があったから、思い切ってちょっと高めのお店に入ろうか、それとも大衆的な安いところに入ろうかとうろうろ迷った末、赤い提灯が店先に出ている中くらいの値段の居酒屋に入り、熱燗を注文してからかつおのたたきを頼もうとすると、本日はもうかつお売り切れです、という。そんなことがあるものか! 俺たちはかつおのたたきを食べるために高知で居酒屋に入ったんだぞ! かつおがないならばどうして店の前に掲げているメニューからかつおを消しておかないのだ! かつおが売り切れていることをだまったままで先に熱燗の注文だけとってしまって、そんなのずるいじゃないか! 
 しかたがないので、おとおしと熱燗の代金を払って店を出て安めの居酒屋にとびこもうとするが満席ですと断られ、結局高めの居酒屋に入ると店員さんがにこにこととても気持ちいい対応をしてくれて、料理もうまいし、やっぱし旅先ではちょっとくらい高くてもいいお店に入る方が結局は得をするのだな、ととても勉強になった。もしも次に高知に来ることがあればまたこのお店で食事をしたい! たしか寅八商店というお店だったはず。
 ここで食べたのは、
1、 かつおのたたき
2、 マンボウの腸のてんぷら
3、 土佐巻き
4、 酒盗
 だったか。マンボウの腸のてんぷらはホルモンみたいに脂っこくないし、しこしこと固めの歯ごたえが気持ち良くて、すげえうまかった。土佐巻きはかつおとシソなんかをまいた巻き寿司で、太くて食べごたえがあって、ちょっと醤油をつけて食べるのがすげえうまくて、なんか高知ではすげえうまいもんばっかし食べていた気がする。こうやって高知で食べたものを思い出していると、ああ、さっき晩ご飯を食べたばかりなのに、もうお腹がすいて来る。

 高知三日目の4月29日、朝、なにげにホテルの部屋のテレビをつけると、植物写真家の埴沙萌という人のドキュメンタリーみたいなのを放映していて、前日に牧野植物園に行った我々は植物関係のことに敏感になっているせいもあって、この番組を見始めたらなかなかやめることができず、結局最後まで見てしまった。海外とかにいろいろ出かけたりとかしなくても庭の草を写真に撮っているだけでこんだけ楽しめるんだから、やっぱし人間なにか好きなことを見つけてとことんのめり込む人生を歩みたいものだなあと、しみじみ思う。
 ごめんなはり線に乗って赤岡の絵金蔵に行く。絵金さんは江戸時代の絵描きの人で、血が出てるおっかない絵で有名らしいのだけど、僕が一番おもしろいと思ったのは、そんな絵金さんが放屁合戦の絵を描いたということで、この絵は女チームと男チームとが全裸で放屁合戦をしている絵で、血の混じったような鋭い屁が女の人のお尻の穴から弧を描いて男の人に向かっていて、それを食らった男の人は首がもげている。汚いとかエロいとかいうよりも、なんかおもしろくて笑ってしまう絵で、ああ、こういうのを描けた絵金さんはきっとユーモアのある人だったんだろうなあ。

 絵金蔵のフリーペーパーも三十何号とかまでずらっと出ていて充実していたものだった。ほんと、高知のフリーペーパーを見てると、なんかすげえ情報発信に熱意を持った場所なんだな、と思う。
 絵金蔵には、「赤岡かるた」とか、赤岡のお店を一覧にしたフリーペーパーとかがあって、街全体で赤岡の良さを見つけてアピールして行こうという姿勢が感じられてそれがすごく良かった。
 路上観察学会も赤岡に来たらしく、絵金蔵の売店にはこの本が売られていた。赤岡のトマソンの写真がいっぱい載ってて、これをぱらぱらと立ち読みしていると、ここに載っているトマソンのひとつひとつを探しに行きたくなる。
 お昼ご飯は「道(たお)」というカフェでタイ風カレーを食べた。どうやらご飯を炊いている最中みたいで、カレーが出て来るのに何十分も時間がかかる。今から思えば、ああスローライフっぽくて良かったな、と思うのだけれど、あの時は、「あと何十分かかかりますよ」とひとこと言ってくれればご飯が炊けるまでのあいだ赤岡をいろいろ見て回れたのにな、と時間がもったいないような気がしてしまっていたものだった。

 ごはんのあとで歩いてみた赤岡の街は、なんかいかにも海が近い街、という雰囲気を醸していたけど、それは建物が全体的に低めだったせいかしら。いくらのぞいても誰も出て来ないお店、何を売っているのか良くわからないお店、お店の人がお客さんとずっとおしゃべりしているお店、ハードカバーの本の背表紙が全部日にやけて白っぽくなっていた本屋さん、とかが低い屋根を並べていて、そこに初夏ちょっと前の明るい光が、もうほんと「さんさんさん」という音がきこえるような明るさと暖かさで道路を広々と照らしていて、道路には車なんて通らないから真ん中をよそ見しながらふらふら歩くことができて、あののんびりさと、しんと静まり返った淋しさがなんとも言えず良かったなあ。
 昔は参勤交代の大名が宿泊したんだとかいって、なんだかすごく栄えた場所だったようなことがフリーペーパーには書かれているのだけれど、今ではそんな栄え具合は見る影もなかった。国道が人や物をみんな都会の方に吸い出してしまったのだろうな。国道には車が切れ目なく走っていたから。