地蔵盆

で、美山ではおいしいソフトクリームをひとつ買って、三人でわけて食べて、バスに乗って電車に乗って帰ってきたんだけど、帰りの電車はけっこう混んでいて、大学生風の若いやつは老人が立っていようが子供が立っていようがおかまいなしで、座席にカバンを座らせたまま寝たふりなんかしていたのが残念だったな。

ナオコーラさんの「ネンレイズム」を読む。最後の方で徐々にちゃんを殺してしまったのが残念だ。床と雁と徐々にちゃんの二十代、三十代を読んでみたかった。やっと小説が始まりだしたと思ったら終わっちゃった、という印象。150枚できれいに終わらせるために徐々にちゃんを殺してしまったのではないか。もっと長い「ネンレイズム」が読みたい。

鳥公園の「緑子の部屋」がおもしろかったのは、観劇しながらつねに今舞台上で演じられている場面をどんなふうに観れば良いのか、ということを観客が考え続けなければいけなかったから、だと思う。俳優が演じる役が固定しているわけじゃなくて、場面が変わるたびに演じる役も変わるのですよ、というのはわりと最初の方で観客に提示されるから、そうすると観客は、場面がかわるたびに、この場面ではこの人たちは何の役を演じているのだろう、と推測しなくてはならず、作品を観ながら、「この場面はいつのどこで、あの人たちはだれなのか?」ということを推理して、自分の推理が正しいのか間違っているのか、間違っているのならば実際はどうなのか、ということを考え続ける。そうすることで観客は能動的に演劇をみる姿勢になる。で、いろいろ考えながら、推理しながら観るんだけど、その推理はなかなか当たらない。というのも、この演劇はけっこう狂っていて、場面が変わるたびに人物の関係が変わってしまうから。俳優が別の人物を演じる、というだけじゃなくて、俳優が演じているたとえばAさんならAさんという人物の設定が、ひとつ目の場面と次の場面ではガラリと変わってしまう。Aさんという名前のままで性別が男から女に変わっていたりする。じゃあ、名前だけ同じの別の人なのかな? とも思うのだけど、でも微妙に前の場面のAさんの特徴が残っていたりして、これはどういうことなのか? オカマっていう設定に変わったのかな? それともあの男の俳優の人は女の人を演じているのかな? どっちかな? と、それをさぐりさぐり観ているときの、客席に漂うさぐりさぐり感(自分もその中の一人)が良かった。腑に落ちない、筋がとおらない、親切に説明しすぎない、というのでいいんだよな、芸術っていうのは。と思う。
三人の女子高生が熊の話をするときの生き生きとドライブする感じがすごかった。ああいう場面は、作・演出家と俳優たちが一緒になってつくらないと出て来ない。あらかじめ台本があって、その台本に俳優をはめこもうとすると絶対にあんなふうにならない。演劇を観たあとで鳥公園の人たちと飲みに行けたのが嬉しかった。

娘に唯一試聴を許していたテレビ番組が「ニャンちゅうワールド放送局」で、娘はこの番組が始まるとバンザイみたいな格好をして、いかにも嬉しそうにニコニコしながら手をふっていた(娘は手をふるときに肩を支点にして、ひじや手首を固定して手をふる。ひじや手首をまだうまく動かせないのかもしれない。だから、ちょっと鬼瓦権造の「じょうだんじゃないよ」

みたいな感じになる)ものだったが、もう今ではニャンちゅうが始まると暗い顔で「怖いからやめる」と言うようになってしまった。というのは、この番組にでてくるニャルビッシュが怖いから。白塗りの顔、ピンクの全身タイツ、ガタイの良さ、声のトーン、などから醸し出される不穏な空気。ちょっとやけっぱちになっている感じの演技も怖い。あの人の身体からは、俺は子供向け番組に出ているけど、ほんとは子供なんかちっとも好きじゃないんだ、カメラに写ってないところでは子供なんか平気で蹴っ飛ばしちゃうぞ、みたいな感じの、観ているこちら側を身構えさせるようなメッセージが発散されている。大好きだった番組がテレビに映るたびに「怖い」といって暗い表情を浮かべる娘がおやげない。しかし娘よ、君が生まれて来た世界はこういう世界なんだ。ニャルビッシュみたいな怖いやつも存在している世界に君は生まれてきて、この世界で生きぬいていくしかないんだ。

娘はこんどの金曜日で2歳。1歳の娘に会えるのもあと少し。
娘語録(というか娘単語帳)
・ ポック……コップ
・ テンテン……前のテンにアクセントを置くと先生。後ろにテンにアクセントを置くとヘルメット。
・ セーコー、テーコー……生協
・ ちょんちょん……マーガリン、チューブ入りの塗り薬
・ おぶとん……ふとん
・ おぷろ……お風呂
・ ペデリ……テレビ
バイキンマン……ニャンちゅう
・ グーグーマーマ……ぐんまちゃんのぬいぐるみ
・ クーちゃん……熊のぬいぐるみ
・ おとなりさん……となりの家に住んでいる老夫婦
・ おやじさん……ときどき娘の携帯電話に電話をくれる架空の人物
・ やおやおさん……不明

今日は地蔵盆だった。ふだんはめったに食べさせないジャンクなお菓子をやまもりもらって、娘はとても嬉しそう。「ポテロング」を僕のところに持って来て「開けて」という。開けると「食べてもいい?」と訊く。「食べてもいいよ」と答えると、おそるおそる人生初のポテロングを口に入れ、カリカリかじって、うっすら笑いを浮かべている。「おいしい?」と訊くと「おいしい」といって少し大きめの笑い顔を見せる娘のかわいさ。ああ、娘よ、君はこんな安いお菓子でそんなに喜んでくれるのか。君が生まれて来たこの世界にはもっとうまいものがたくさんある。そのうちにととがもっとうまい物を食べさせてやるからな。楽しみにまっているのだよ。