2歳の誕生日

 木曜日は熱が出て仕事を休んだ。のどがちょっと痛かったけど、鼻水が出るわけでもなく、風邪をひいたという感じでもなく、一日寝ていたら治ってしまった。この日はバンドの練習に行く予定だったのだけど、練習は延期にしてもらう。こんどのライブでは、僕が以前つくった曲を4曲ほどやることになっている。キャプテンが前につくった曲も聴かせてもらったんだけど、今ひとつ歌が僕に合わないような気がして、今回はキャプテンの曲は演奏しないということになった。今後は、僕が歌詞を書いて、キャプテンが曲をつける、という形で何曲かつくってみる予定。
 この木曜日は1歳の娘に会える最後の日だった。去年のこの日はたしか、僕は娘と一緒にお風呂に入って、裸ん坊で記念写真をとったんだけど、今年は体調が悪くて1歳の娘との別れを惜しむ元気もなく、ずるずるとうどんを食べてぐずぐずと寝た。

 金曜日、娘の誕生日。仕事の帰りに新大宮商店街の安くておいしい魚屋さんに寄って、アジのお造りとカツオのたたきを買う。去年もそうだったのだけど、誕生日当日は娘の両親のおつかれさん会ということになっていて(「1歳児の育児は今日で終わりだね、一年間がんばりましたね」という)、本当ならばビールで乾杯、と行きたいとこだけど、なにしろ体調がいまいちなので、アルコールは飲まず。

 土曜日、娘のお誕生会。といっても、友達を呼ぶわけでもなく、妻の実家の人たちを招いてのパーティー。朝、妻は妻の弟の運転するクルマでお菓子屋さんをやっている妻の友人、よしこちゃんのところに行き、お願いしていたバースデー・ケーキを受け取って来る。お昼ごはんに焼きそばを食べて、パーティーはおやつの時間に開始。ふだん3人暮らしの家に大勢集まったせいか、娘は緊張していて、一言もしゃべらず、棒のようにかたまってイスに座っている。いろんなプレゼントをもらっても派手に喜ぶことはせず、口の端をすこしだけ持ち上げてかすかに笑う。一番の目玉は妻がつくった人形。この日のために妻はどんだけ夜なべをしたことか。完成するのに何ヶ月もかかった。当初は夫婦で一緒につくろう、などと言っていたのだが、僕は人形の足に羊毛をつめただけでさじを投げてしまった。お人形の名前は何かな? と娘に訊くと、「オギヨちゃん」と答える。しぶい。けど、ちょっと渋すぎるんじゃないか? それにもしかしたら「お人形」がちゃんと発音できなくて「オギヨ」になった可能性もある。名前は、もっと良い名前が浮かぶまで保留、ということになる。ケーキを食べて(7人で分けたら小さくなったけども、ずっしりと中身が詰まっていて、けっこうお腹がふくれた)ハッピー・バースデーの歌を歌って、記念写真をとって。

 日曜日。娘はこのごろ早起きで、この日は6時くらいには起きていた。ひょっとすると6時前だったかもしれない。眼を覚ますときはたいていむっくりと起き上がり、「お茶」といったり「**ちゃん(自分の名前)のかか」と言ったり、「ととお水飲む?」と言ったり、たいてい何かひとことしゃべることになっている。「「まだ寝てな」というと素直にごろんと横になり、だけど眼はぱっちりと開いていて、しばらく天井をみたり、寝返りをうったり。やがてふとんを抜け出して、僕がついでやったお茶を飲んだりしてから、昨日もらった人形で遊びはじめる。妻の弟が人形用のだっこヒモをプレゼントしてくれて、娘はそのヒモで人形をだっこしたりおんぶしたり。妻のおばあちゃんにプレゼントしてもらった靴をはいてみたり(やっぱり新しいものは気になるみたいだ)。7時前くらいに、寝ている妻を残して娘とふたりで賀茂川に散歩に出かけた。娘は昨日もらった人形を抱っこしている。すれ違うウォーキングのおばさんやおじさんたちに「かわいいお人形さんねー」と声をかけられるが、娘はじっと黙っている。僕や妻の前だと威勢のいい娘だけど、知らない人に話しかけられると用心して固まってしまう。が、あとで家に帰ったときに、妻に向かって「かわいいねーって言われた」などと報告していたから、やっぱしけっこう嬉しかったのだろうな。娘は川にそってどんどん南に歩いて行きたがり、そろそろ帰ってごはんにしようよ、と声をかけても、ぜんぜん帰りたがらない。「かかが待ってるよ」と声をかけると、いったんは家の方に向かって歩きだすのだけど、すぐにまた南に方向を変えてしまう。そのうちに雨がぽつぽつ降り出して、あわてて娘を抱き上げて家まで早歩きで帰る。
 朝食後、雨はやみ、僕は自転車に娘と二人乗りをして生協に食材の買い出しに行く(妻は家の掃除)。最近の娘のブームはなんといってもヨーグルトで、このときも今日は何を買おうか? と言えば「ヨーグルト」という。レジでお金を払ったあと、カートに乗った娘は何よりもまずヨーグルトを見せて欲しい、と僕にうったえて、僕が娘の手にヨーグルトを持たせると、じっとパッケージのイチゴの写真を確認して、また僕に「しまって」と返して来る。家に帰ったらヨーグルトを食べようね、とそれを楽しみにして二人乗りで家に帰る。縁側に並んで腰掛けてヨーグルトを食べる。娘は大好きなヨーグルトを独り占めしようなどとはおもわず、「ととも」といって気前よく僕に分けてくれる。
 ヨーグルトを食べ終わると、3人でビブレに行き、僕はビブレの向かいの大垣書店で『ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ 完全版』を買う。今ごろになってビートルズの本なんて読んでもしょうがないんじゃないか? ビートルズの勉強なんて二十代の頃に済ませておけよ、などと思わなくもないのだけど、このごろビートルズが気になってしょうがない。あと、こないだテレビで『おもひでぽろぽろ』を観ていたらムジカーシュというハンガリーのバンドの音楽が良くて、東欧の音楽をもっと聴いてみたい。東欧の音楽には不協和音とかドレミファからはずれた音とかがあって、聴いているとなんだかドキドキする。ブルガリアの合唱なんか、僕はすごく好きだ。ビートルズの勉強が落ちついたら、次はハンガリーだな。
 午後はごろごろしてすごす。娘が昼寝をすると僕もとなりのふとんで眠る。網戸にした窓の外では秋の虫が鳴いていて、涼しい風が部屋の中まで入って来て、とても気持ちがいい。

 月曜日、懸案になっていた新しいお人形の名前が「ピッポちゃん」に決まる。キクちゃんとかアカちゃんとかエッちゃんとかピッピちゃんとか、いろいろ候補があがって、そのたびに娘は「だめー」と首をふったり、「うん」とうなずいていたりしていて、いったんは「アカちゃん」に決まりかけたんだったが、「アカちゃん」だと辻井さんのところの娘さんとかぶるので、できれば違う名前を、ということで「ピッポちゃん」となった。
 辻井さんといえば、辻井さんの奥さんは新しくなった丸善ではたらいているらしくて、毎日レモンがすごいらしい。こんどの週末あたり、ちょっと見に行ってみよう。