船乗りになりたい

すっかり忘れていたのだけれど、子供の頃、僕は海の男に憧れていたのだった。小学校の図書室には伝記コーナーがあり、そこにある本を片っ端から読んでいった時期が僕にはあったのだけれど、そのときに僕が一番好きだったのがクック船長の伝記だった。クック船長は船乗りになる前、人使いの荒い雑貨屋で働いていた。クック船長以前にそこで働いていた人たちはみんな三日で音を上げて逃げて行ってしまった。しかし我慢強いクック船長はその雑貨屋で三年間がんばって働き、その後立派な船乗りになった。何ごとも辛抱が大事だ。という教訓めいた話を読み、小学生の僕は「よし、僕もクック船長のように我慢強い人間になろう。そして立派な船乗りになるぞ」などと決心したりしていたのだ。クック船長は航海の途中で立ち寄った南の島で「土人」の放った毒矢にやられて死んで行ったのだったが、「土人」たちは自分らが殺してしまったのがクック船長という立派な船乗りだったのだ、ということを知り、涙を流す。僕は自分も将来は立派な船長になるのだ、と思いながらこの伝記を何度も繰り返して読んでいた。学校の体育館で観た「ガンバ」の映画には夢中になった。ドブネズミのガンバが仲間たちと船に乗ってどこかの島に渡り、悪いイタチをやっつける、という映画。『冒険者たち』という児童書が映画の原作になっていたのだったが、僕はその原作も市立図書館で見つけて、やっぱり何度も繰り返して読んだものだった。イカサマという名前のネズミは常にサイコロを携帯していて、なにか迷ったときにはサイコロを振り、はんかちょうかで未来を占っていた。船乗りが携帯しそうなものは僕の暮らす群馬県ではあまり見つけることができなかったのだけれど、サイコロだけはどうにか手に入れることができた。それで、僕はイカサマの真似をしていつもサイコロを持ち歩き、手のひらでサイコロを転がしながら船乗りになることを夢見ていたのだった。そんなことを僕はすっかり忘れていた。

娘語録
・パッパ……雨がっぱ
・パイナップリ……パイナップル
・オギニリ……おにぎり
・ヘリトクパー……ヘリコプター