フリーマーケット

 11月3日に市役所前広場でフリーマーケットがあり、それに参加するのだけど、良ければ肥田さんもご一緒に、という内容のメールがつんじから送られて来た。服だの靴だの、いらないもの、売りたいものがないわけではなくて、むしろ押し入れにいっぱいつまった使っていないものたちを手放してしまえばどれほどすっきりと人生が送れることか! と思いもするが、しかしこれらを選別して運んで売って、ということを考えると、とたんに気持ちがくじけてしまい、まあ、またの機会でいいかな、とりあえず置いておく場所はなくもないのだから、と思い、フリーマーケットはのぞきに行くだけにした。
 妻は何年か前にこの市役所前のフリーマーケットに来たことがあったけど、僕と娘は初めてのフリーマーケットで、フリーマーケットってこんなにたくさん人が集まるものなのか、とたまげた。つんじは赤いニットキャップをかぶっているのですぐにわかった。いや、すぐにはわからなかった。とにかく人が多かったし、お店もいっぱい出ていたから、売っている服なども気になってつんじを捜すよりもかっこいい服はないかしら、と売り物ばかりに目が行く。
「あ、あの帽子」
 といって妻がつんじの赤いニットキャップを指さした。
「あ、つんじだ。あの赤い帽子はつんじにちがいない。しかしあそこまでどうやって行ったらいいのだろう」
 なにしろお店がびっしりだから、ちょっと遠回りをしてやっとつんじのお店にたどりついた。つんじの他にYちゃんとかMさんとか、女性も4人くらいいて、Mさんは娘さんも連れて来ていた。お客さんとして来ているのじゃなくて、みんな売り物をもって来ていた。というか、つんじの売り物はほんの少しで、売り物のほとんどが女性たちの服だった。
「これ、いいんじゃない」
 と、妻が首巻きをとりあげて僕の首のあたりにあててみた。
「あ、それ僕のです。良ければ、もう、ただであげますんで」
 と、つんじが言った。
 いや、でも、そうすると、僕は部屋で「今日はちょっと首がスースーするね」とこの首巻きをつけるとき、「ああ、これはつんじのおさがりなんだな、あのときフリーマーケットでつんじからただでもらって帰って来たやつだな」と思いながら、たとえば今こうやっているみたいにパソコンに文字をうつことになる。つねにつんじが僕の首にいる。そういう生活ってどうなんだろう、と思うと、
「うーん」
 と言葉を濁してしまって、「じゃあ、もらって行くわ」ということにならない。「あ、これも似合うんじゃない」
と妻はまた別の首巻きをとりあげて、これを僕の首に巻いてみたらつんじのお店にいた人たちはみんなニコニコと僕の方をみて、
「うん、うん」
「似合う、似合う」
 ということで、結局僕はつんじのお店で首巻きをひとつ買って帰った。これはつんじの首巻きじゃなくてMさんの売り物の首巻きで、50円。
 つんじのお店の2軒か3軒となりではファミコンスーパーファミコンのソフトを並べて売っていた。本体は500円でソフトはどれでも100円だという。
 僕は家にファミコンがあるとダメなんだ。いつまででも際限なくやってしまって、読書もギターの練習もブログを書くこともなにもできなくなってしまう。5、6年前に中古のスパーファミコンを買って、そのころはまだ岡本アパートでひとり暮らしをしていたから、遅くまで起きていても誰にも文句を言われない。バイトに行くとき以外はずっとドラクエをやっていた。ドラクエ5をやってドラクエ2をやってドラクエ6をやってファイナルファンタジー6をやって、さすがにこのままではダメだ、何も学ばず、何も身に付けないまま老人になってしまう、と思い、手放したのだった。
 こんなものが家の中にあってはダメだ、俺は絶対に堕落してしまう、落ちついて子育てができなくなる、妻からも「いいかげんにしてよ」と白い目で見られるようになる、僕はスーパーファミコンを500円で買ってしまった。
「本体をお買い上げの方はソフトを一本だけおまけでつけますよ」
「え、いいんですか」
「どれでもいいんで、選んで下さい」
スーパーファミコンスーパーマリオはありませんか?」
「あー、あったけど、さっき売れちゃいました」
「それは残念だったな」
 それで僕はドラクエ5をつけてもらった。
「結婚っすよね、どっちにするかで迷うんですよね」
「あの、おさななじみの子と結婚するか、お嬢さんと結婚するか、ね」
 それで僕は妻に向かって、
ドラクエ5はね、ゲームの中で結婚できるんだけどね、二人女の人がいて、どっちの人と結婚するかが選べるんだよ」
 と言った。
「とと、なに買ったん?」
「ととはおもちゃを買ったんだよ」
 と妻が言った。
「とと、おもちゃ買ったの?」
「そうだよ、ととはおもちゃを買っちゃったんだよ」
 と僕が言った。
ドラクエはね、4までは、勇者が主人公で、魔王を倒しに行くって言う話だったんだけどね、5は勇者じゃないんだよ。勇者をさがす人が主人公なんだよ」
「へえ」
「最初は子供でね、お父さんにくっついて冒険するんだけどね、お父さんっていうのが、魔王を倒してくれる勇者をさがす旅をしてるんだよ。お父さんは途中で死んじゃうんだけどね」
「死んじゃうんだ」
「怪物に殺されちゃうんだけどね。そんで、いろいろあって、主人公が大人になって、それで子供のときに知り合った女の子と結婚するかどうかっていうことになるんだけど、それかお金持ちのお嬢さんと結婚するか、どっちかなんだけど」
「へえ」
「それで子供が生まれるんだけどね、実は、その生まれた子供が勇者だったっていう話で、子供と一緒にみんなで魔王を倒して、めでたしめでたしっていう話なんだよ」
 田毎でお昼にうどんを食べてもう一度フリーマーケットに戻ると午前中に散髪に行っていたウッチーが来ていた。髪の毛がばっちりセットされていた。
「ウッチー、売るものあるの?」
「入浴剤を持って来たんです」
「そんなの、売れるの?」
「もう残りふたつだけですよ」
「えー、そんなに売れるの?」
「あ、でも、五つくらいしか持って来てないから」
 娘は終始目を閉じていた。
「**ちゃん、ウッチーだよ」
 と言うと、顔はウッチーの方に向けるけれど、目をしょぼしょぼとつむっている。ぱっちりと閉じるというわけではない。なにかまぶしい光を見ているような、薄目を開けたいけどうまくいかない、といった風に目のまわりにシワをよせて、しょぼしょぼさせている。
「それ、うちの子も良くやっていた、恥ずかしいときにするみたい」
 とMさんが言った。
「**ちゃん、恥ずかしいの?」
 と訊くと、娘は目をしょぼしょぼさせたまま笑っていた。