イギリス旅行8

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 V&Aを出たのは四時ころだったか、それとも五時くらいになっていたのか、予約しているホテルはアールズ・コートのプレジデンシャル・サーヴィスド・アパートメンツで、サウスケンジントンからは地下鉄で二駅なのだが、歩くと一キロくらいの距離だからいっそのこと歩いてホテルまで行ってみようか、という話になり、クロムウェル・ロードを西に向かってしばらく歩くと左手にスーパーマーケットが見えて来た。僕らが今日から泊まるホテルは部屋にキッチンがついているホテルで、ホテルには食堂がなくて、食事は基本的に自炊になるから、それならばこの「ウェイトローズ」というスーパーで晩ごはんの食材を何か買って行こうという話になり、娘に何が食べたいかと聞くとペンネが食べたいという。いや、ペンネは昨日の晩ごはんに飛行機の中で食べたんだからもっと他のものを食べたい、せっかくイギリスに来たのだし、ふだん日本で食べられるものじゃないものを食べたい、と僕は小声で行ってみたのだけれど、しかし昨日の夜は飛行機で晩ごはんが出たのが夜の十二時近くだったこともあって、娘はペンネを食べずに寝ちゃったのだった。だから、大人だけペンネを食べたのがうらやましい、自分だってペンネを食べたい、ということで、晩ごはんは今日もペンネ。ソースも昨日と同じトマトソースで。あとは翌日の朝ごはんのためにスコーンやブルーベリーなども買う。ハムや卵やレタスなんかも買ったんだったか? あとは妻がクロテッド・クリームというものを買おうとしたのだったかな? しかし棚にはクリームだかヨーグルトだかチーズだか、似たようなやつがいっぱい並んでいて、この中から目的のクリームを見つけるのがすごく大変だ。慣れない土地、慣れない博物館で一日歩いて疲れているし、娘の足はどんどん痛くなって来ているし、娘が歩けなくなる前にホテルに着いておかねばならないのだから、ここはスピードが命だ、ということでクリームはあきらめてホテルに向かった。「地球の歩き方」の地図を見ながら歩いてたら、僕はホテルがあるはずの場所を間違えて覚えていて、道を行き過ぎちゃって戻ったりして、なんかもう、クタクタになってトボトボとホテルに着く。四階建てか五階建てくらいのレンガの建物が道の端から端までずっとひとつながりにつながってて、よく見ると道路からあがっていく階段がいくつも等間隔で建物の前についていて、どうも階段のそれぞれが別の家、というか別のホテルになっているらしくて、僕らの泊まるプレジデンシャル・サーヴィスド・アパートメンツは、たしか一番東側の棟だったと思う。玄関の階段の屋根の上あたりにイギリスの国旗が突き出しているのが目印。玄関の階段を五段くらいあがると、ドアマンというのかそれとも用心棒というのか、スーツを着た強そうな男の人が入り口に立っていて「ハロー」とドアを開けてくれた。ドアを入るとキュッとコンパクトなロビーがあって、左手の受付のデスクの後ろに女の人がひとり座ってた。この女の人に予約をしている者ですが、と声をかけて、クレジット・カードで三日ぶんの宿泊費を払ったり、パスポートのコピーを取らせてくれというのでパスポートを出して渡したりして、あとは宿泊に当たっての注意事項か何かを話してくれたような気がするが、英語がむずかしく、話の内容なんて半分くらいしか聞き取れない、だけど、話の中身が分からなくても、この女の人は僕にタメグチでしゃべりかけているな、という感じはすごく伝わってきて、ああ、この人は、僕のことを特別扱いせず、対等な立場の人間として、友達として見てくれてるんだな、なんて思った。部屋まで案内してくれたドアマンの男の人も、カードキーの使い方を教えてくれたり、寒いかどうかを尋ねてヒーターをつけてくれたり、親切にしてくれてるんだけど、「ソファーベットはちゃんとベッドに変形さしてあるぜ」とか、「さっき俺が言ったろ? ドアを開けるときは一回カードを抜くんだよ」とか、「気にするな、心の友よ(そして、バチン!とウィンク)」とか、「何か困ったことがあったら気軽に言ってくれよな」とか言って、優しいときのジャイアンのび太の世話を焼いてるときみたいな雰囲気を出して来て、僕はもうすっかり心の友を得たのび太の気分だ。