イギリス旅行9

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 ホテルの部屋が広くてベッドも大きいから娘がとても喜んで「今まで泊まったホテルで一番だ」という。このとき僕は開いていた窓を閉めようとしたら鍵がかからず、なんとか渋い鍵をかけようと奮闘していたため、耳だけでその声を聞いていたのだが、あのとき娘はどんなに嬉しげな表情で部屋を見回していたのか、それを見逃したのが惜しい。あのとき僕はちゃんと娘の方を向き(窓なんていつでも閉められたんだから)、娘の喜ぶ顔を見ておけば良かった、娘の笑い顔の記憶は僕の一生の宝になったはずなのになあ、と悔やむ。娘は誰がどのベッドで寝るか、という組み合わせを楽しそうに考えている。フカフカのダブルベッドでも寝てみたい、かっこいい形のソファーベッドでも寝てみたい、ダブルベッドで寝るとしたら、お父さんと寝るのがいいのか、お母さんと寝るのがいいのか。夕方6時からまた雨が降る。雨の中、アールズ・コート駅近くのM&Sへ買い出しに行く。妻と娘は折りたたみの傘をさし、僕はジャンパーのフードをかぶって出かけようとしたら、ドアマンのマイクが(たしかマイクという名前だったと思う、それともマイケルだったか、受付の女の人が彼のことをそんなふうに呼んでいた)ホテルの傘があるから使いなよ、と傘を貸してくれる。よく気がつくし親切だ。お腹が空いているし寒いし雨だし疲れているしで、のろのろと歩く。このときは何を買いに行ったんだっけ? 何か買い忘れた食材があったんだっけ? ビールとオレンジ・ジュースを買ったのは覚えている。ビールは缶ビールよりも瓶ビールの方が品揃えが良くて、僕は今回の旅行は栓抜きを持って来てなかったから缶ビールしか選択肢がなかったのだけれども、もし次に海外旅行に行くとしたら栓抜きは忘れずに持って行きたい。あとは塩も持って行きたい。塩を持って行った方がいい、という話は「妄想ロンドン会議」で聞いていたので、もちろん塩は持って来たのだが、出発直前に僕が家の近所のスーパーで選んだのがスパイスと塩が一緒になってるもので(なんかこっちの塩の方がうまそうだなとか思って)、しかしこれは唐辛子の辛味が強くて、ペンネを作ったりサラダを作ったりするのには向かなかった。量も少なくて、イギリス滞在の最後の日には塩が切れて、味の薄い料理を作るはめになってしまったんだった。イギリスのスーパーではセルフレジが主流で、みんなタッチ式のカードで支払っている。ほとんどの人がある程度貯金があり、銀行口座にお金が余っているからこんなことができるのだろうな、とイギリスの豊かさを思う。部屋に戻り、テレビをつけようとしたらつかず、マイケルを呼ぶ。戸棚の中の主電源が切れていたのをつけてくれる。料理を作ろうと思ったらフライパンなどの調理器具が見つからない。またマイクに来てもらう。台所の棚がなんの印もないつるんとした木の棚で、どこが開くのかよく分からなかったのだが、オーブンの下の棚、まさかこんなところが開くはずがない、と思い込んでいた棚にフライパンや鍋がしまってあった。たまたま外に出て行こうとしていた中国人の二人連れの女の人の宿泊客が僕の部屋の前でマイクを呼び止めて、「世話になったね」とか言って10ポンドもチップを渡していた。10ポンドと言ったら二千円だ。そんなにチップを払うのか、中国の人ってリッチなんだな! と驚く。今回の旅行では日本人はあまり見かけなかったけど、中国人はたくさん見かけて、団体でナショナル・ギャラリーを見て回ってたりして、経済的にだいぶ豊かな人が多そうだった。