イギリス旅行28

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4月30日(火)シャンブルズを抜けると広場があって、広場には屋台みたいなのがいっぱい出ていて青空市みたいになってる。帽子屋さんがキャスケットをいっぱい並べて売っている。おばさんが一人で店番をやってて、僕が帽子を見てたら「あんた、頭のサイズは?」みたいなことを聞いてくる。僕には分からない、と答えるとじっと僕の頭を見て「7と4分の1」と言ってキャスケットを渡してくれる。かぶってみるとぴったりだ。ツバをもっと下におろして、鏡を見てみろ、と言うと、おばさんはそれ以上は押し売りみたいなことをするわけでもなく後ろの方に引っ込んでしまった。30ポンド。日本円で六千円くらい。去年の秋に阪急の英国フェアに行った時はこういう帽子が九千円くらいで売ってたから、たぶんお買い得なのだろうが、いまひとつ色とデザインが好きじゃない。僕はキャスケットよりもベイカーボーイ・キャップというのか、ジョン・レノンボブ・ディランのマネをしてかぶってたみたいな帽子が欲しいんだ。だので、鏡も見ないで帽子を戻して屋台を離れちゃったんだけど、あのとき鏡を見るだけでも見とけばよかったなと今では思う。せっかくすすめてくれたおばさんに悪いことしたような気がするし、欲しくないと思った帽子でもあんがい似合ってた可能性もある。似合ってたら買って帰って来ても良かったんだ。市場をざっと一回りしてから大聖堂に向かう。その途中でいかにも観光客向けのイギリスみやげ、みたいなのが売ってるお店に入ってみる。ビッグ・ベンの絵が書いてある小さな鏡とか、ダブルデッカーのキーホルダーとか、あとなんか、ユニオン・ジャックがでっかくプリントされたマグカップとか、タワー・ブリッジのスノードームとか、ここはヨークなのに9割くらいのグッズはロンドンの名所がデザインされてるやつだ。あとはユニオン・ジャック。イギリス人はユニオン・ジャックが大好きなのか、それとも観光客がユニオン・ジャックを大好きなのか。大聖堂は建物の陰になったりまた現れたり、チラチラチラチラ見え隠れしていて、だんだん近づいて行くとどんどんでっかくなって来て、そばまで来て見上げたらたまげるくらいでかくて高くて、ほーっと感心した。何百年も前のヨークの人たちがこれを作ったのか、よくもまあ、こんなでっかい建物を作ったもんだな、宗教の力ってすげえんだな、と思う。入館料がひとり四千円とかそれくらいして、たっけーな、とか思うけど、せっかくここまで来たんだからと、お金のことは深く考えずにタッチ決済で入館する。娘は疲れたのか、お腹が空いたのか、それとも大聖堂がシンキくさいからなのか、だいぶ機嫌が悪い。二十七年前の日記を読むと僕はここでファイブ・シスターズというステンドグラスを見て感銘を受けている。「ステンドグラスのくせに暗くて、カラフルじゃない。なんか薄黒いのがぐしゃっごしゃっ、となってて、しかもでかくて、これは何か感じるものがあった」と僕は書いている。東側のぐしゃぐしゃしたステンドグラスを見ながら、僕があのとき見てたのはこの窓だったのかもしれないな、確かにごちゃごちゃしてるな、とか考えてると、妻が横から、これは東に太陽がある朝の時間に見たら綺麗なんじゃないか、という。ああ、そうか、そういう視点は僕にはなかった、見る時間のことまでは考えていなかった、さすがは妻だ。たしかに太陽の光は重要だ、飛行機でも電車でも僕らは太陽がある側に座ってしまい、あんなにまぶしい思いをしたのだ。とすると、このステンドグラスを作った人はぐしゃぐしゃした暗いやつを作ろうとしたわけじゃないのかもしれない、朝の光で見たらすごく綺麗なステンドグラス、というものを作っただけなのかもしれない、それを僕らは昼すぎに見てるから暗く見えるだけなのかもしれない、午後1時半に見るファイブ・シスターズは窓にはめた味のりみたいに見える。