日曜日に靴を買いに行った。コンバースの靴。僕の相手をしてくれた店員さんはたぶん僕と同い年くらいの女性で、「高岡」と書いた名札を胸につけていた。27㎝のコンバースを僕がためし履きしていると、高岡さんは「コンバースでねー、いっつも思い出すんですけどねー」といって次のような話をしてくれた。
 高岡さんは中学のときバスケ部だった。バスケ部に入ってまず楽しみなのはバスケットシューズを買うことで、『月刊バスケット』の靴屋の広告を暇さえあれば眺めて、どの靴にしよう、どんな色にしよう、どこのメーカーのがいいか、えんえんとあれこれ見くらべて、部活のない日曜日など下手をするとそれだけで日が暮れた。一年の一学期は「布バッシュ(と高岡さんはいった)」を履くことが暗黙の了解になっていて、布バッシュの中でもコンバースは「なんかかっこつけてる感じがするから」だめで、アシックスが一番無難である、といわれていた。色は白以外には考えられない。白以外の色はすべて「かっこつけてる感じ」だから、とてもじゃないけど履けない。この暗黙の了解に無頓着だった飯野さんなどは、よりによって真っ赤なコンバースの布バッシュを入部する前に買っていたのを履いて来て、それを見た先輩の冷たい眼があまりにいたたまれなくて、新しくアシックスの白い布バッシュを買い直したほどだ。それでも一度冷たい眼を向けられた飯野さんは結局先輩たちと仲良くなれず、夏休みに入る前にバスケ部をやめてバレー部に入り直したのがかわいそうだった。高岡さんは何度か体育館で飯野さんを見かけた。飯野さんはランバードのバレーシューズを履いていた。白地にランバードのマークが赤く入っている靴だった。飯野さんはやっぱり赤が好きなのかと思ったけど、いまになって思い返してみるとバレー部はみんな白地に赤のランバードを履いていたような気がする、と高岡さんはいった。
 夏休みが終われば一年生もそろそろ「革バッシュ」を履いても良いだろう、という雰囲気がバスケ部に広がり、一人また一人と革バッシュ人口が増えて行く。初めて練習で革バッシュを履く一年生ははにかんで下を向き、自然と笑ってしまう口元を膝の後ろに隠しながらいつまでも靴ひもを結んでいたものだった、と高岡さんはいった。ひもを結び終わるとかならず先輩たちがよって来て、足を踏む。そういうのが決まりになっていた、そんな話を懐かしそうに話す高岡さんから、僕はグレーのコンバースの布バッシュ(ローカット)を買った。
 布バッシュは体育館で履くものだったから、今でも外で布バッシュを履いている人を見るとドキッとする、と高岡さんはいっていた。土の上でバッシュを履いているところを先輩に見られると体育館の裏に呼び出されてねちねちと小言をいわれる。私は体育館に背中をつけるようにして立ち、体育館の向こうの空間に背中を向けた先輩にはさまれる。先輩には見えないけど、先輩の後ろをバレー部がジョギングして行くのが私には見えて、その一番後ろを走る飯野さんが私の方を心配そうに見ていたあの眼が忘れられない。飯野さんは一年生なのに先頭を走る三年生よりも背が高いようだった、と高岡さんはいった。